僕にとって、鏡は敵だった。特に、洗面台の真上にある照明は残酷で、僕の頭頂部を容赦なく照らし出し、白く広がる分け目をくっきりと映し出した。いつからか、僕は人と話す時も、相手が僕の頭頂部を見ているんじゃないかと、常にびくびくしていた。髪型は、もちろん分け目が見えないように、七三分けで無理やりサイドの髪を反対側に持ってくる、いわゆる「バーコード」予備軍のようなスタイル。風が吹けば、一巻の終わりだ。そんな僕が変わるきっかけになったのは、一人の美容師との出会いだった。いつものように「分け目が目立たないようにお願いします」と注文した僕に、彼は言った。「思い切って、センターパートにしてみませんか?隠すのをやめた方が、絶対に格好良くなりますよ」。冗談じゃない、と思った。一番見せたくない部分を、わざわざ真ん中から見せるなんて。しかし、彼の自信に満ちた目に、僕は何かを賭けてみたくなった。彼は、トップの髪の根元が立ち上がりやすくなるようにレイヤーを入れ、僕にドライヤーのかけ方から丁寧に教えてくれた。根元を指でこするように乾かし、分け目をジグザグにとる。そして、少量のワックスで毛先に動きをつける。仕上がった自分の姿を見て、僕は言葉を失った。確かに分け目はある。でも、ぺったりと潰れていた以前とは違い、トップがふんわりと立体的なったことで、不思議と薄さが気にならないのだ。むしろ、なんだかお洒落に見える。その日以来、僕は毎朝のスタイリングが楽しくなった。分け目を隠す作業ではなく、格好良い自分を作るためのクリエイティブな時間になったからだ。もう、風も人の視線も怖くない。センターパートは、僕の髪型を変えただけでなく、僕の心に、失いかけていた自信という名のボリュームを与えてくれた。