三十代半ばを過ぎた頃からだろうか。朝、枕につく抜け毛の量が増え、シャンプーのたびに排水溝に溜まる髪の毛に愕然とするようになったのは。当時、私はIT企業の中間管理職として、連日深夜までの残業と休日出勤が当たり前の生活を送っていた。プロジェクトの締め切りに追われ、上司と部下の板挟みになり、常にプレッシャーと隣り合わせの日々。食事はコンビニ弁当か外食で済ませ、睡眠時間は平均して四時間程度。そんな生活が数年続いた結果、気づけば頭頂部が明らかに薄くなり、友人からは冗談めかして「ハゲてきたんじゃない?」と指摘される始末だった。鏡を見るたびにため息が出たし、人前に出るのが少し億劫にさえ感じられた。皮膚科を受診すると、典型的な男性型脱毛症(AGA)の初期段階であると同時に、過度なストレスと不規則な生活がその進行を早めている可能性が高いと診断された。ストレスは自律神経のバランスを乱し、血管を収縮させて頭皮の血行を悪化させる。その結果、毛根に十分な栄養が行き渡らなくなり、髪の成長が妨げられるという。また、ストレスは男性ホルモンの分泌バランスにも影響を与え、AGAを悪化させる要因にもなり得るとのことだった。医師からは、薬物治療と並行して、何よりもまず生活習慣を改善し、ストレスを軽減する努力が必要だと強く指導された。正直、仕事の状況をすぐに変えるのは難しかったが、このままではいけないという危機感から、少しずつ意識を変えていった。できるだけ定時で帰るよう努め、週末は意識的に休息を取るようにした。食事も自炊を心がけ、バランスを意識するようになった。そして、軽いジョギングを始め、汗を流すことで気分転換を図った。すぐに劇的な変化があったわけではないが、半年ほど経つと、抜け毛の量が少し落ち着いてきたように感じられた。そして何より、精神的に少し余裕が生まれた気がした。薄毛の進行が完全に止まったわけではないが、あの時の絶望的な気持ちからは抜け出せたように思う。ストレス社会で生きる現代人にとって、髪の悩みは他人事ではない。自身の経験を通して、心身の健康が髪にとっていかに大切かを痛感している。